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大阪高等裁判所 昭和33年(う)453号 判決

控訴人 被告人 浅田留夫

弁護人 雨宮清明

検察官 畠中二郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の理由は、記録に綴つてある弁護人雨宮清明名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨第一点(事実誤認)について。

しかしながら記録に徴するに、なるほど所論のように、被告人は本件犯行当時飲酒(焼酎約三、四合及びビール一罎の三分の一位)して相当酩酊していたことが窺われるが、原審証人鶴谷俶利は「被告人は警察官に対し、飯喰わすのも、この制服制帽もみんなわしらの税金だというようなことをいつており、間違つたことはいわなかつたと思う」旨、同中谷金一も「被告人は私の傍にやつてくるなり『お前らのような一銭ぽりはわしらが税金で喰わしてやつているのだ。この服も靴もそうだ』といい私が君らは何処の人かと尋ねると『自分は浅田というのだ』といい、また私が須磨警察署へ行こうといつたら『わしは自分一人で行く、何とか刑事も知つている』といつて、たつたと一人で歩いて行つた」旨各証言しているのであつて、以上の各供述に、被告人の司法巡査に対する供述調書中の「私は酒好きで毎晩食事時焼酎二合を飲む」旨、更に被告人の検察官に対する供述調書中「鶴谷酒店の中で警察官が電話をかけているとこへ、その横合から私が行つて、受話器を奪い取つて、巡査の肩を突き飛ばしたようなことはあり、今でも頭に残つているが、あのような手荒なことをしたのは自分の酒癖が悪いからである」旨の各供述記載をも加味して検討するときは、到底被告人が当時心神喪失即ち事物の理非善悪を弁識する能力またはこの弁識に従つて行動する能力を欠如していたとは認め難い。所論指摘の各事実は被告人の思考力、判断力乃至抑制力が減弱していたことを推認し得る資料となるに過ぎず、これを以て直ちに被告人が心神喪失の状態にあつたとまで肯認することはできない。これを要するに、原判決引用の証拠によれば、本件犯行当時における被告人の精神障害の程度は心神耗弱にあたるものと認められ記録を精査しても原判決のこの点の認定に過誤はない。従つて論旨は理由がない。

論旨第二点(法令適用の誤)について。

しかしながら刑法第九五条にいわゆる暴行とは公務員の職務執行に当り、これに対しその執行を妨害するに足る暴力を用いる行為即ち不法な有形力の行使をいい、それが職務執行を妨害するに足る性質のものである以上必ずしもその行為の完了又は所期の目的を達すると否とは問わないと解するのが相当である。本件において原判示によれば被告人は鶴谷俶利方内外で暴れ廻つた末同人方において同人に喰つてかかり暴行をも加えかねないような気勢を示していたところへ急報によつてかけつけた巡査中谷金一から制止されたが肯かず却ていきり立ち同巡査に殴りかかつて来たので同巡査が一人では制止不可能と考えて、本署へ連絡のため電話をかけようとしているところをその受話器を奪い取り、傍にあつた陶器製招き猫を振り上げて同巡査の頭部を殴りかかる等の暴行を加えたというのであるから、中谷巡査の面前にて右陶器製招き猫を振り上げ同巡査に殴りかかろうとするような行為は已に暴行の可能性を予想させるための気勢の域を超え、同巡査に対する緊迫した現実的な不法攻撃行為と目すべきであるので、それ自体職務執行を妨害するに足る暴力であるというべく、前記法条所定の暴行というに憚らない。

して見ると陶器製招き猫は被告人がこれを振り上げ殴りかかろうとしたとき他人に取り上げられたため同巡査を殴り付けるに至らなかつたこと所論のとおりであるが、これを以て暴行に至らなかつたものであるとする所論は当らない。

しかのみならず原判決は前示のとおり右行為とその直前被告人がいきり立つて中谷巡査に殴りかかつて来た行為のほか、本署へ電話連絡しようとした同巡査からその受話器を奪い取つたりしたことをも合せ認定判示しているのであつて、同行為がまさに右法条所定の暴行にあたること論を俟たないところであるから、被告人のこれら一連の行為を捉えて暴行とし、刑法第九五条第一項の公務執行妨害罪を以て問擬した原判決は正当であつて、毫もその法令の適用に誤はない。

従つてこの論旨も理由がない。

よつて本件控訴はこれを棄却すべきものとし、刑事訴訟法第三九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本武 裁判官 三木良雄 裁判官 坪倉一郎)

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